Special_feature特 集

クリエーターズインタビュー

だから立体は面白い。
言葉にならないイメージも、立体ならば形にできる。
漫画家:黒鉄ヒロシさん

漫画家・黒鉄ヒロシさん。歴史上の人物を取り上げた作品や、TV番組での自由奔放な発言でも広く知られています。その存在はまさに"現代の知的自遊人"。
東京イラストレーターズソサエティ主催の『ねんど夏フェス2014』への出品を機に、立体という"ものづくり"を巡ってお話を伺いました。

人間の基本技は指先から

黒鉄:「図書館の天使」というアーサー・ケストラーの言葉があるでしょう? 本を探そうと思いたったときに、「これだ!」と本棚からパッと掴める時がある、この幸運を"天使"に喩えたんですね。
 オカルトの話をしているのではないですよ。どこにあるか本人は忘れていても脳のどこかに沈殿した記憶がある、それが「今夜中にこの本が絶対必要だ」という瞬間に位置や角度の記憶が浮き上がり、指の感覚として蘇ってくるのではないかという、科学的な話です。つまり、指先には"感覚の記憶"がある。

黒鉄:指先のことを「LITTLE BRAIN=第二の脳」と言うでしょう? 指先と脳は繋がっていると言いますよね。たとえば匠の手作業も指の記憶で成り立っている。若い頃に「あ、失敗した」「これまた失敗だ」という記憶が山ほどあって、それが脳のどこかに積もり積もって残っているから匠になれる。まあ、本人は認めたくないので記憶から削除してしまっていることが多いですが。

アーサー・ケストラー(写真左)はハンガリー出身のユダヤ人で、ジャーナリスト、小説家、哲学者として知られています。共時性(シンクロニシティ-)に大きな関心を持っており、調べものをしている時に必要な情報が思い通りに手に入るという幸運が往々にしてあることを指摘し、その幸運をもたらす未知の力を「図書館の天使」と呼びました。

「人間の手は外部の脳である」と言ったのは18世紀のドイツの哲学者、カント(写真右)。 「手は第二の脳」と言われています。

"匠"といえば、日本人が斯くも器用になったのはお箸とソロバンで鍛えられているからだけではありません。元はといえば戦国時代、信長と秀吉が腕のいい職人、いわゆるう"匠"を"天下一"と誉めたことに端を発していると言っていい。畳なら"畳天下一"、刀なら「刀天下一」という具合に彼らが誉め讃えたが故に、職人は「良いものをつくって褒められよう」と思うようになった。そうして日本の匠たちは良いものをつくることを第一義に、金儲けを二の次にする価値観をもつようになり、その結果、職人はモノをつくることの嬉しさや楽しさに気づくことができたのです。  だから今でも人間国宝になるような匠って黙っているでしょう? あれは自己で完結できて、「あとはどうでもいい」と思えるからですよ。良いものをつくることを一身に追える価値観がその根底にあるんです。その残滓が今も日本には残っているから、他国の追随を許さない技術力を発揮することができる。

――匠という価値観が根底にあると?

黒鉄:そうそう。それもこれも指先なんです。画家や作家にボケた人がほとんどいないのは指を使っているからです。絵を描いたり字を書いたりするのは人間の基本技といえる。

――指先を使うことは人間の身体と脳とを結びつける営みだと?

黒鉄:しかも指先を使うことで、人は没我の状態になれる。 粘土をこねていると時間を忘れますよね。粘土をこねくり回したり、木を掘ったりしていると、もう...。ものをつくるという喜びはなにものにも替えがたい。

戦国武将の魂を見立てて

黒鉄:そんなわけで、時間があれば河口湖の山荘に籠って粘土やら木彫やら工作をしては立体をつくり続けているんです。最初は香立てからはじまって、どんどん凝りだして人形をつくるようになりました。まあ、人様に見せられるようなものにはなかなかならなかったのですが、ようやく2年ほど前からぼつぼつ本の装丁などで発表しはじめまして。

――それで今回の「粘土フェス」にも出品していただけたんですね。

黒鉄:まったくの我流ですがね。絵のほうならなんとなくわかるものの、立体となると皆目わからない。すべて自分で考えならがやっているんです。
 彫刻刀を買ってきて自分で研いで、木が欲しければ大工さんのところに行って自分で選んで買ってくる。これがまた楽しい。でも誰に教わったわけでもないので、わからないことも多くてね。たとえば金箔。薄くて軽くて鼻息ひとつで飛んでしまうし、「どうしたものかな」と思っていたら、たまたまTVで金沢の金箔師の仕事をやっていたのを見つけたんです。その手元を観察してはどんな道具を使っているのか研究して、見様見真似で道具をつくって。そうしたらこれがまた具合良くてね、道具をつくるのも楽しくなって。
 ただ漆だけはどうにもこうにも難しい。この作品も自分で塗っていますが、なかなかねえ。こればかりはどこかに弟子入りでもしないと上手にならないかもしれませんね。

――ところで、なぜ武田勝頼を?

黒鉄:もともとは戦国の武将たちを全部つくってみようとやっていたんです。
歴史の節目にいて"敗者"と言われる武将たち、見落とされがちな彼らをきれいにつくってやりたいという思いがありました。それで今回は武田勝頼をつくってみました。
 勝頼は後の世では「武田氏を滅亡させた無能な武将」とされているけれど、果たしてそうだったのか? それはそれとしても、最後は追い立てられたときの武田武士はわずか50騎、女たちは草履もなく血だらけの足で逃げた。それでも織田方の追手2千騎のうち3百余人を切り殺し、4百余人に傷お負わせたというのだから、武田軍は圧倒的に強かったといえます。ところが親族の裏切りに次ぐ裏切り、さらに不運も重なって滅亡に至る。いやあ、勝頼にしてみればほんとうに無念だったでしょうね。
 とはいえ、僕は"魂"の存在を信じているわけではありません。ハッキリ言って「そんなものはない!」と思っています。でも、「ない!」と思うからこそ「ある」と見立ててやりたい、敗者のお化けをきれいにしてやりたいという気持ちがある。

 武田信玄の四男として生まれた勝頼は、信玄の病死によって家督を継ぎましたが、長篠の戦い(1575年)で大敗を喫し、その7年後、織田信長の甲州征伐によって嫡男の信勝とともに天目山で自害します。諏訪氏を継いで高遠城主になっていたことなどもあり、後継者問題等で武田の親族衆との確執が絶えなかったとされ、そうした不協和音が弱体化の大きな要因とも言われています。

――魂の"見立て"ですか。

黒鉄:人形というのは見立てですから面白いですよ。実はもう30体くらい武将ができているかな。 そのうち個展をやりたいと考えていますが。

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